豊かに生き延びる

ノンノンフィクション サバイバルに生きろ

何にもしない

どうも

T-DAです。

 

今日は自分の耳にも痛い話。

 私は何にも役目がない時、何もしない。何かに参加する時、他の人が何を考えているか、私の頭の中では非常に多くの可能性が浮かんでいる。どれが正解かなんて判断できないので、全てをシャットアウトして、ただその場を過ごす人間となる。その場にいる人が見たら、他力本願で嫌な奴かも知れない。でも、主催者側が一通りのことを考えていない方がよくないと思う。

 「船頭多くして、船、山に上る」ということわざがある。その場を仕切る人が多いと、とんでもない方向へ物事が進んでしまうという意味だったと思う。日常ではそういう場面によく出くわす。主催側が意思決定に気弱だったり、枠だけしか作らなかったり。そうすると参加側が各々考えながら行動することになる。その結果、みんなの思い描くゴールはバラバラで、船は山に登り、何もしていない人がいると憎らしく思ってしまう。

 他人の善意に期待する行動はネガティブな感情を引き起こしやすい。主催側は一通りのことを考え切って、参加側にただその場を楽しんでもらうか、参加側を事前に主催側に引き込み、役目を与えることが必要だ。

 この話のどこで耳が痛いかというと、主催側にいる時、参加側を引き込む前に参加側に決定権を委ねてしまっている自分が最近よく顔を出すからだ。「予定を押さえる」、「その時を迎える」この連続が過ぎるために、考える時間をきちんと取っていないのも原因の一つにあるんだろうなぁ。もちろん、怠惰な自分も原因の一つなんです。

コンプレックスをそのままに

どうも

T-DAです。

 

 以前にもコンプレックスについて記事を書いたような気がしますが、また考え事として思い出てきたので書いちゃいます。

 私は自身の身体についてコンプレックスがいくつかあります。「楽に治しちゃえばいいじゃない」と言われるものですが、治していません。家族とか恋人には見せれますが、それ以外の人には見せれません。そうしていることできっと、他人との距離を詰めすぎないようにしているんだと思います。もし、自身の身体についてなんにも思うことがなかったら、他人に横暴に振舞ってしまうような気がします。「私にはこういうところがあるから、少し許されていないんだ」と自分に言い聞かせることで、制御している気がします。

 他人に横暴になる自分は嫌だなー。たまに出てしまいます。どうしてなのでしょうね。そんな会話したいなんて最初は思っていないんですよ。

オリンピック選手の「体めっちゃ痛いっす」

どうも

T-DAです。

 

 アジア競技大会が開催されていますね。私は全然テレビを見ないので、昨日やっと認知しました。2004年のアテネオリンピックあたりから、オリンピック競技の観戦がなんだか好きでテレビで中継していればつい見てしまうんですが、私としては小学校の時にテニスをやっていたくらいで、そんなにスポーツに触れていない学生時代でした。

 昨日、400メートル個人リレーで瀬戸大也選手が金メダルを取り、その後のインタビューで「(全力で泳いで)体めっちゃ痛いっす」という様な発言をしていました。私はその発言を聞いて、「体が痛い…?」と一瞬思ったんですが、すぐに当たり前のことを忘れているのに気づきました。

 オリンピック選手たちは私には想像できないレベルで競技に対して心身を注いでいます。でも、あまりにすごいので調整して試合に臨んでいることを、余力を以て試合に臨んでいると勘違いしていました。そして彼らを、アニメの主人公みたいに現実にいそうだけどいない人という風に見ていたように思います。私にとって試合を見る時間は物語でした。息が止まったり、目を大きくしたり、「おおー!!」「いけー!」と叫んだりします。勝ったら嬉しいです。でも、物語に感じていました。

 選手はインタビューで大抵、試合の振り返りと今後の抱負について語ります。勝って嬉しい、負けて悔しいという気持ちより、次に何をすべきかということを淡々と語ります。私はインタビュー以外でしゃべっている所をあまり見たことがないので、その感情がない感じが彼らの普通なんだと思ってしまいました。彼らが肩で息をしていても、疲れているというのが最初にイメージとしてこない。やることをやったら結果がついてきたという、デジタルな解釈をしてしまっていました。でも、昨日の瀬戸選手の発言を聞いて選手たちは、私が運動会で全力で走ったのと同じように、試合の短い時間に全力を注いでいたんだと、当たり前のことに気づきました。あの時間のために人生を掛けているんだと気づきました。世界の上位で競い合っている人たちも、「苦しい、でもやりきらないと」という感情があるんだと気づきました。それはもう、「大変なことだー」と心が騒ぎました。「彼らも一人の人間だ」と思うと、心への負担が重くなりそうですが、せめて試合は最初から最後まできちんと見ようと思いました。

 アジア大会は9月2日までです。ここまで読んでくださったあなたも、物語ではなく人生なんだと思ってみてみると、心が騒ぎだすのではないでしょうか。

まとめサイトの次は動画サイト1st

今週のお題「わたしのインターネット歴」

 

どうも

T-DAです。

 

 私のインターネット歴、2chまとめサイトの次は「動画サイト」です。

 2chまとめサイトで「ニコニコ動画Youtubeができるぞー!」という記事を目にして、早速登録しました。初期の動画サイトは映画やアニメ、テレビ番組が勝手にアップロードされていました。お笑い番組が盛んにアップロードされていたからか、ダウンタウンウッチャンナンチャンか、というせめぎあいが検索候補で行われていたと思います。私はコントが好きだし、優しい世界のほうが好きだったので、断然ウッチャンナンチャン派です。

 あとはランキングをみて、テニミュやMAD動画を見ていたんですかね。ニコニコ組曲を聞けば、「うわー!!」って思い出すような気がします。

 最後にもう一つ、アニメ自体は見なかったんですが、声優のラジオを視聴していたように思います。兄が元声優オタクで、MDのカセットを買い込んでラジオを録音しまくっていました。「そんなに声優がいいのかよ」と思い聞いてみましたが、結構はまりましたね。DGSとかリトルバスターズとかWORKINGとか荒川アンダーザブリッジとか、色々聴きました。ラジオって試験勉強のBGMにちょうど良いですよね。

 私のオタクに対して「ハマってはいないが理解はある」というスタンスはこのころに形成されたような気がします。ニコニコ動画の出現により、テレビの位置づけが変わってきましたね。有名人はパソコンの中にもいましたから。

チャットの次はまとめサイト

今週のお題「わたしのインターネット歴」

 

どうも

T-DAです。

 

 私のインターネット歴、チャットの次は「2chまとめサイト」だったと思います。チャットにより2chに対して抵抗がない私でしたが、スレッドが多すぎるので2chにアクセスしたいなという気持ちはありませんでした。しかし、他の人が面白そうなスレッドをまとめている、「まとめサイト」の存在を知ると、そこに入り浸っていたように思います。中学の多感な時期に、よくもまぁ2chの偏屈した大人たちの意見をあれだけ眺めていられたなぁと思います。そこで丹念に見つめていた情報を、自分の中に雑学として取り込んでいました。情報元は、新聞社であったり、どこかの学会で発表された研究であったりしたと思いますが、今思えばどれだけの信ぴょう性があるのだろうと思います。今は2chのスレッドに対して著作権の主張が激しくなったことにより、そういったサイトはほとんどなくなってしまいました。

 あの頃の私は学校に勉強しに行く以外にやることがなくて、友達も1年に1回リセットしていました。学校以外ではギターを習っていましたが、いろんな音楽を聴いているわけでもなく、生活をしていて楽しくなかったんだろうなと思います。そんな時に、まとめサイトは、毎日更新されていて飽きることはなかったです。記事は事実かどうかなんてどうでもよかったんですよね。何かしらの感情が喚起されて、誰かが私の代弁者となってくれているような気がすれば、もうそれでよかった(中学)時代なのかもしれません。

 

サクサクが好き

どうも

T-DAです。

 

 一人暮らしをしてから、あまりお菓子を食べなくなりました。でも、お盆みたいに実家に長期間滞在するときは、ついついお菓子に手が伸びてしまいます。

 今日はクッキーを食べていました。私はクッキーの中でチョコチップクッキーが一番好きです。クッキーと言えば、サクサク派かしっとり派か分かれますよね。私はしっとりしたクッキーが苦手です。噛むと中から生地の湿気を伴った風味が口の中に広がるのがどうにもだめです。なので、カントリーマアムとか食べれません。逆にサクサクのクッキーは大好きです。サクサクになれるものはサクサクにして食べたいです。たとえば食パンとか。

 食パンは、サクサクを存分に感じるため八枚切りの薄いものを選び、焼き目は他人からみると「これ、焦げてない?」と言われるくらいが、ベリーグッドです。あの歯ごたえと音が良いですね。

チャット

今週のお題「わたしのインターネット歴」

 

どうも

T-DAです。

 

 私がインターネットを触り始めた小学4年生頃、面白フラッシュなるものが流行っていました。学校ではワープロで文章を作成して、フロッピーに保存していました。

 わからないことはインターネットで調べればなんでもわかる、という時代ではなかったように思います。どうして急に出てきたパソコンをみんなこぞって使いだしたのか、今となっては不思議ですね。今みたいな未来が待ってるなんて、あの当時思いもよりませんでした。

 面白フラッシュにでてくるキャラクターは2chアスキーアートから生まれたものが多くて、「モナー」とか「しぃ」とか「八頭身」とかいましたね。小学校の同級生もPCを使いこなしていて、ホームページを一緒に作った記憶があります。ホームページを作るのも流行っていたかなぁ。その同級生から「もなちゃと」を紹介してもらい、結構はまっていました。「もなちゃと」は2chのキャラクターを操作して、知らない人とチャットを楽しむサービスです。「こn」とか言いながら入室しました。そこで話す人は当たり前ですが初対面で、そういう人は何話しても一回目なので飽きなかったんだと思います。他には、ハンゲームとかもやってました。ゲームしたりチャットしたり。結局チャットですね。チャットが好きなんでしょうね。チャットを積極的に利用してたのは中学1年生くらいですかね…

 嗚呼!懐かしい!!インターネットの歴史、もう少し書きたくなりました。後日続編を書いてみようと思います。…ではでは

・・・・・・・2年目はお題を積極的に利用したいと思います。・・・・・・・・・・・・