豊かに生き延びる

ノンノンフィクション サバイバルに生きろ

去り際の意志

休日がきました

T-DAです。

 

今日は朝から木の揺れる様子を窓からぼぅっと見ていました。

たまに一部の枝が激しく揺れているので、鳥でもいるのかな、鳥がいるならみたいなと思うんですが、結局姿は見えなかったです。

 

「人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか」という本を6月くらいに読みました。

著者はマツコロイドを作った人ともう一人の教授です。知ってられる方はいらっしゃいますかね。

私がこの本を読んで印象に残ったことは「生き物っぽいってどういうことだろう」という問いでした。

彼らはそれを調べるために、ALTERというロボットを作って実験をしています。

その本を読んだ後、ちょうどよくまた実験をしているということで東京未来科学館に行ってきました。

 

半分体の中身が見えてるけど、人っぽいとのことだったのでそのつもりで見たんですが、思ったより無機質だなという印象でした。

体の動きはランダムですし、動きの意味がぎりぎり見いだせるくらいのものでした。

他の人も、手を振ってみたりしますが、反応が鈍いからもういいやという感じで立ち去る人も、まぁまぁ居ました。

 

しばらくその様子を眺めていたんですが、他の人が立ち去ろうとした瞬間に、ALTERがその人の方にアクションを起こすと、立ち去ろうとした人が勢いよく振り返りました。

 

ALTERの人っぽいとはそういうところにあるのかなと思いました。

何かがいるっぽいというのは、第三者からみることでしかわかりません。そして改めて何ががいるっぽいと感じるものは、何もないと思っていたものだと思います。

人は「何かがいるっぽい」と感じた後、「何がいるっぽい」のかを推測します。

木の激しい揺れ方するところでは「鳥がいるっぽい」、ALTERが去り際に手を降ったりすれば「人っぽい」と感じるわけです。

アクションに対して決まった反応をALTERがしたとすれば、私たちは「これはロボットだ」と思うでしょう。しかし、ランダムに反応しなかったりしたりすれば「何かしらの意志」をALTERに感じることができます。

 

感情のない意志は自発的に報酬と罰を得ることはできるのでしょうか