豊かに生き延びる

ノンノンフィクション サバイバルに生きろ

共通項がなくてもいいじゃない

どうも

T-DAです。

 ゴールデンウイーク、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は友人と近場でご飯を食べることが多かったです。

 昔は人と会うことを「遊ぶ」という一言で片づけられていて、公園も家もあって誰かと時間を過ごすことがとっても気楽で楽しかったです。家が遠い友人ができてくると何か目的がないとなかなか集まりにくく、適する目的を見つけるためにはその人のことを深く知らなければいけないので、気軽に誘いにくくなってきました。

 そういった感じで、昔で言う「遊ぶ」は「ご飯に行く」という言葉に移り変わってきました。ご飯に行くと言いつつも目的は「話をする」ということになりますが、話と言うのは、限られたきっかけの中で出さなければならず、聞いてくれる人達が興味を持ってくれるかどうかは「賭け」であるという面があります。そして、この情報社会の中で興味のあるものが交差する確率は低い。そうなると安全圏から出ない会話になりがちですが、これだけご飯に行っていると、話している自分が飽きてきますね。

 新しくこれから出会う人は「何者か」でなければ、出会うこともできないような気がします。逆に自分が「何者か」でなければならないことを示唆しているようにも感じます。でも、そんな試すようなことをしなくても、誰だって構わないから「遊ぶ」ことをしたいんですよね、今だって。